この記事はナンダカフラリの個人的な主張でありブログを代表する意見ではありません。

少し前、1年くらい前か。一時期ネトサヨ四天王を名乗っていた。
しかもネトサヨ四天王文書みたいなのも作ってみた。
ネトウヨ四天王に対抗してみたらどうなるかな、という興味からだった。
当初は独りぼっちだったが、やってみて仲間も増えたし、まあ上手くいくかな、と思っていた。
が、いつの間にかまた一人ぼっちになってしまっていた。
ショックだった。俺は何をしても一人なのか、というさみしさがあった。
空しくなったので解散して、ネトサヨ四天王はもう名乗っていない。
しかし、短い時間でも「仲間とのやりとり」というものができて、振り返ってみたらいい時間を過ごせたと思う。

で、本題。ネトサヨ四天王を名乗っていて気づいたことがある。
「ネトウヨ」さんとはまあバトれてよかったのだが、一方でものすごく不満に思っていたことがある。
それは左翼とかリベラルとか左派に属していたであろう人たちから無視されたことだ。
自分で言うのも、だが、ネトサヨ四天王に関して記述したXHTML文書は良くできたと思う。
「ネトウヨ」というものに対して抜群の効果があると自負していた。
だから、左派の人たちから有効活用してもらってアクセス数を稼いで悦に浸ろう悦に入ろうと思っていたのだが、ほぼ徹底して無視された。
まあなんとなく予想はしていたことだ。

どういうことかというと、私のやり方は非常に効率がいいため順調に拡散されればネトウヨというものはほとんど消えてなくなってしまうだろう。
しかし、そうすると「ネトウヨ」と対決していることが売りの人たちは自分の存在価値を脅かされて困ることになる。
なんとなく「そういう人たち」もいることは以前から察していたが、ネトサヨ四天王の活動が決定打となり、「そういう人たち」、特にツイッターのフォロワー数が多いような人は本当はネトウヨを欲しているのだ、と悟った。
ネトウヨを叩ける知的な存在として崇められることが全てで、私のような者は邪魔でしかない。
そういうことなのだ。
だから、誰かを「ネトウヨ」と連呼してやまない人たちに嫌悪感を抱いている人たちは、逆にネトサヨ四天王文書を有効に使ってもらいたい。
私は私を無視し続けていた彼らが憎い。

大したことはしなくてもいい。
ただこう言えばいい。
「そんなにネトウヨを否定したいなら、なぜネトサヨ四天王文書は無視するのか?」