この記事はナンダカフラリの個人的な主張でありブログを代表する意見ではありません。

管理人が主に活動していたもえるにほんの更新が止まっている。
100ウヨは個人的に楽しみにしていたのだが、無理があるならもうしなくていいかもしれない。
バカなネトウヨが改心してまっとうになる、という話にそもそも無理がある。別にネトウヨは改心しないからというのではなく、一方の自称リベラル側はクズばっかりだという構造的な問題だ。
いくらネトウヨを話題にしても自称リベラルのクズっぷりをスルーしながらだといまいち説得力に欠ける。「ネトウヨだけが改心すればいいのか?」と。

そもそも100ウヨは別にネトウヨをバカにするのが主眼ではなく、ネトウヨがどうしてああなったのか、救うためにはどうすればいいのか、そのために自分がどうすればいいのか、読んだ人それぞれが考えるための格闘なのだと私は思っているし、他の熱心な読者もそうなのだろう。

そういう要素が主なのでいくらネトウヨであることの空しさを描いたとしても、自称リベラル側の人たちにはあまり関心がもたれない。
つまりネトウヨをコケにする話だけを求めているようなリベラルに媚びを売って味方についてもいいことなどない。さっさと見切りをつけた方がいいと思う。

この後の展開は自称リベラルを登場させてみるのはどうだろう。もう媚びを売らなくてもいいと思う。そんな価値などないのだから。

それがないならもう終わってもいいと思う。