この記事はナンダカフラリの個人的な主張でありブログを代表する意見ではありません。

労働組合といえば何が連想されるだろう。
人によっては左翼という言葉が連想されるのかもしれない。
例えばツイッターなどでは労働組合は労働問題ではなく戦争反対とか労働とは関係がなく、左翼的なことを主張していると指摘する人もいる。
例えば、「「日雇い派遣」で食い繋ぐ34歳男性の壮絶半生」という記事では劣悪な労働環境にあっても労働組合に入らない人の話になっている。左派イメージのある労組に入らない理由はバックが怪しいのだから、とか。

愛国心があるとか愛国に関心のある、いわゆる右の人にとっては労働組合は左で敵という意識はあるのかもしれないが、一方で労働環境に興味がないのかといえばそうでもなくて、いわゆるブラック企業などの違法企業は敵視しているし劣悪な労働環境に対しては悪感情を抱いている人が多い印象だ。少なくとも私の観測範囲内ではそうだ。
それでどうなるかといえば右の人は信条を捨てて労組に入るか、信条を持ち続けて労組に入らないままといった二択になっているのが現状ではないだろうか。

ではこの現状の中で愛国を掲げる労組があったとしたらどうだろう。保守だったり愛国といったものが労組と組み合わせが悪いとは限らない。存在はできるはずだ。いやむしろ愛国的であるがゆえに労働問題に関心を持つということは自然であるといえるのではないか。

そもそもいわゆるブラック企業は違法なことをしているのであるから、それに対抗するよう動くのは愛国的といって差し支えないはずだ。また、長時間労働低賃金で社会の金回りが悪かったり低消費だったりといったことに、愛国であるが故に反発するのもおかしくないし、むしろ正しい心境といえるのではないだろうか。

私自身は愛国心はないし愛国という考え方には興味がない。ただ、そういう考え方を持つこと自体は各自の判断であって持ちたい人は持てばいいと思っている。

なので私が特に反発する理由はないし、労働問題が盛り上がるなら何でもいいと思っている。

では、ここで愛国を信条とする人たちの労働組合、愛国労組が出来上がったとしたらどういうことになるだろうと想像する。
前提としてはこの中で、愛国が中心で労働問題がおざなりになっているような組織であっては意味がないので、ちゃんと労働問題に取り組む組織であるとする。

もっとも、先ほど言ったように愛国心があるがゆえに労働環境に関心があるということは自然だろうけれど。 そうなったら、どうだろう。

まず、愛国に興味がある人は今の日本には少なからずいるはずだ。そういった人たちの多くはこの労組に入るのではないだろうか。実際にどうなるかは確実に予測するのは難しいが、仮に多くの人がこの労組に入るとしよう。するとどうなるか。

右左の信条に関係なく誰もが何らかの労組に入っているという状況が出現するはずで、そうなると少なくとも労働環境の問題が多くの部分で解決するのではないだろうか。

長時間労働、低賃金、パワハラ、労基署の力不足、労働者の労働法の知識不足など多くの問題がなくなるのではないだろうか。
ただし実際にそういう動きが出てきたとして、何の障害もなく事が進むかというとそうではないだろうとも予測できる。というのもこれは従来の既得権益を持つ右派と左派にも都合の悪い組織でもあるのだ。
まとめると、愛国を掲げる労働組合、愛国労組は成立しうるし、それは社会にとって利益をもたらすものになるだろう。ただし、その存在が既得権益を持つ老害の利益を毀損するものであるため、大きな反発も予想され、実際にそういう労組を作ろうとすると様々な障害があるだろう。
というのも左からすれば反戦反原発など自分たちが掲げる主張と真反対の主張を掲げる労租があったとしたら、労働問題を餌に自分たちの勢力を拡大することが難しくなる。また、右からすれば右は労組に入らないのが当たり前の世の中で甘い汁を吸っている勢力にしてみれば、右だけどいやむしろ右だからこそ労働問題に関心を持つ組織は邪魔になるだろう。
現状では愛国を掲げれば労働問題には関心を持たず何も考えず経営者の言う通り働くだけなのが当然という考えを押し付けたい人は多いだろう。これをひっくり返されることは耐え難いはずだ。

いずれにせよ、これは古い右派と左派との戦いになるだろう。言い換えれば右左関係なく老害との衝突であり、老害を葬り去ることができるかどうかの問題となる。